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B級コラム上から更新順
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お笑い釣り用語集釣りも長くやっていると、色々悲しくも可笑しいことがありました。
エサ取りエサを盗む不逞の輩である。フグ・小アジ・小サバ・こっぱグレ・ガッチョ・オセン・小ハゲ・キタマクラなど枚挙にいとまがなく、ハイテク時代の今日でも有効な対策の決め手はない。加えて最近ではネコ・カモメ・カラス・サル、一部の地方ではイノシシというのもあり、もはや今日の釣りは危険ですらある。 魚拓釣魚に墨を塗りつけ和紙に転写したもの。釣り人の勲章である。美しく彩色した美術魚拓、カラー魚拓などというのもある。魚拓技術のない人が大物を釣ったときは、釣り場の近所のエサ屋に駆け込めばよい。釣り場の宣伝になるので、大抵は魚拓をとってくれるはずだ。 20年以上前の話だが、職場に下請け会社から配送の運転手が配属されて来た。人はいいのだがホラ吹きなのだ。初めはよかったが、だんだんエスカレートする。それに無類の釣りバカでもある。ある日昼休みに「わし昔、若狭で大きいチヌ釣ってなぁ〜」と一生懸命皆に吹聴する。「あぁそぉ」と誰も相手にしないことが分かると、彼は顔を真っ赤にしながら、やおら財布の中から折り畳んだ小汚い紙切れを出した。魚拓らしい。 腰日本人は腰が好きである。日本語の腰は、英語のウエストともヒップとも違う。全身の力の源を表すと同時に、精神的な心構えをも表現しているのだ。曰く「あの人は仕事に腰を入れている」「話の腰を折る」云々。 釣りにもよく使われる。腰が強い竿=決して固くないのだが、大きい魚の引く力に対しては引けば引くほど反発力をしめすしなやかで強靱な竿のこと。腰だめで釣る=相撲の四股のように下半身を安定させ、手先だけでなく全身の力をためて魚の強引に耐えること。竿の腰が抜ける=老朽化で竿の反発力がなくなること。ハイハイどうせ私の腰も抜けてます〜。 小鈎小さい鈎は食いがいいという。昔から「ハリス落とすな、鈎落とせ」という釣り格言があるぐらいである。特にグレ釣りには有効で、実際筆者の経験からしても食いが悪いときは小鈎がいい。チヌやメバルには特に有効ではないようだ。むしろメバルなどは、日によっては大きな号数の方が掛かりがいい。 和歌山の阿尾でグレ釣りをしていた時のことである。
時合い「じあい」と読む。魚が食ってくる頃合いをいう。潮の変わりばなやマズメ時は魚の活性が高まり、釣り餌にも反応を示すのである。この時合い以外は、名人といえどもなかなか釣れないものである。ただ凡人は釣れるまで時合いが分からないが、名手は海のかすかな変化から時合いを読みとる技をもっている。 昔、落し込み釣りを指導してくれた師匠は、やはり釣り人らしく負けず嫌いであった。明らかにチャンスの時間帯を過ぎても「時合いはこれから!」といって粘るのである。以来、彼の影響を受けたちゃりこは、まさに時合いの真っ最中でもアタリがこないと「時合いはこれから〜」と的外れな必釣スローガンを叫ぶのである。 セイゴ出世魚スズキの幼魚のこと。関東ではセイゴ、フッコ、スズキ、関西ではセイゴ、ハネ、スズキとなる。筆者の住む神戸でも関西風の三段階で云うが、筆者が小さい時分はセイゴ、スズキの二段階しかなかったように思う。よほど大きくならない限りみんなセイゴである。波止にやってくるじいさん連中もハネ、スズキ狙いなどとはいわない。正統派神戸の波止師はみんなセイゴ釣りと云うのである。 筆者もこの伝統を継承しており、若者が「いいハネ、いやスズキですね」とおだてても「大きいセイゴや」と返事をする。相手は怪訝な顔をしつつ「何も知らんおっさんやなぁ」と内心思うのである。そして相手が良型を釣ると、やおら筆者は「えぇセイゴやで」とパンチを呉れてやる。ちょっとしかめた顔を見るのが、年々楽しくなってきているのだ。 大漁文字通りたくさん釣れること。ただし絶対的な価値を表すものではなく相対的であることに注意!初心者が小チヌを3匹も釣れば大漁ルンルン、中級者なら溜息をつき、名人ならば青筋を立てる。幸せはかくも不公平である。 たかぎれ魚の強引や根かかりが原因で道糸が切れ、ウキをなくすこと。科学の進歩で非常に強いハリスが続々登場としており、以前ならばハリスが切れるだけで、道糸に取付けられていたウキは助かったものだが、最近はハリスが切れないため道糸が高切れするケースが多くなった。 去年の秋、タチウオ狙いに兵庫突堤に釣行した時のことである。このシーズンはタチウオが接岸しているにも関わらず、絶望的にタチウオがエサを食わなかった。さっさと見切りをつけた筆者はガシラ釣りに切り替えたが、タチウオ釣りに情熱を…いやよだれを垂らすちゃりこは、しつこく竿2本でウキを流している。帰ろうかと思った頃にちゃりこが吠えた。その竿2本にダブルヒットしたのである。1本受け持たされたので合わせを入れたが、ビクともしない。「?」と思った瞬間高切れした。 月夜夜釣りをしていると大きな満月が上がってきてハッとすることがある。油を流したような夜の海に月明かりが映え、銀色の波がさざめく。 釣り人が冷たく輝く月を見て、思わず感嘆の声を上げた。 テトラ波止ではお馴染みのコンクリート製の消波ブロックのこと。正式にはテトラポットと呼ばれ、中心から四方に4つの足が出ており、複数個組み合わせて設置することで波の力を弱めるのに用いられる。用途に合わせて色々な形がある。テトラは魚に絶好の住処でもある。テトラ竿と呼ぶ専用の短竿でカサゴやメバル、アイナメを狙ってテトラの奥を釣り歩く穴釣りという釣法がある。 先日、カレイ狙いで高砂に釣行した。どうも思わしくないので、お土産用の穴釣りに切り替えた。一緒に並んで釣った地元の名人は、60cmほどの特製超短竿を駆使しヒョイヒョイと釣り上げるが、こちらは大苦戦!こうなると完全な腕の差である。
ぬし主(ぬし)、その場のボス的存在をいう。人間の集団にはもちろんそういった人種が必ずいるが、磯にも波止にも魚の「ぬし」はいる。まず老成魚でとんでもなくでかい。チヌなど長年人間にいじめられてきたせいか、すれており非常に賢い。姿をふらっと見せることもあるが、鈎の付いたエサなど見向きもしない。人を小馬鹿にしたように横目でちらっと見てから泰然と去って行くのみである。 著名なグレ釣の名人とそんな話をしていたところ、名人曰く「きみぃ〜、グレも40cmを越すとなぁ〜人間の40才よりなぁ〜だいぶん賢いでぇ〜」 ネンブツダイ磯ではエサ取りの代表格である。高い水温を好むせいか黒潮が入るところで多く見られ、日本海ではあまり見かけない。魚体が赤いからだろうベテランは赤ジャコとか金魚とかいったりする。動きがとろくエサ取りとしては対策が立てやすい方だ。 環境変化のせいか数が激減しているらしい。釣り人としては有り難いのだが、ネンブツダイがおシャカになったら洒落にならない〜。 ノマセ釣り生きた小魚をエサにスズキやヒラメ、青物を釣る釣り方である。この手の魚は一気にエサを呑み込んで補食するところからこの名が付いたのだろう。アオリイカも生き餌で釣るが、エサをかじかじと囓るからノマセ釣りとは云わない。 以前ちゃりこがこの釣りにはまり、坊主を重ねながらもひたすらチャレンジしていたことがある。そんなある日、小浜近くの地磯で始めて彼女の竿に期待の一匹目が食ってきたのである。竿を曲げて上がってきたのは、なんと食べ頃サイズのヒラメだった。今日も坊主やろな…と内心思っていた私は興奮して叫んだ。「ヒ、ヒ、ヒラメやぁ!!」 その大声に驚いたのか、彼女はそのヒラメをポチャンと海に落としてしまったのである。あぁ無情〜以来ちゃりこは二度とノマセ釣りをしようとしない…。 ハオコゼガシラ(カサゴ)に似ているがもう少し小さく、背中に突き出た大きい1本のトゲに毒がある。こいつが釣れたときは早く家に帰った方がいい。理由は不明だが水温が急低下したような悪条件のときに、何故かこいつが釣れるのである。 「今日は釣れんなぁ〜」と思っているときに、こいつの顔を見たりしたら絶望的になる。飲み屋のツケをため過ぎてしばらくその店を避けていたときに、通りでいきなりママに出くわしたようなものである。けばい化粧に思い切り含み笑いを浮かべて… フグ皆の嫌われ者、こいつの解説は不要だろう。毒魚ならばまだいいが、こいつは悪魚である。日本海名物フグの猛攻、尾鷲名物キタマクラの暗躍に、何度手ひどい目に遭ったことか。 だいぶん前だが和歌山県は周参見、小石の鼻というところで竿を出したことがある。この日は底物と思われる大型に2回も太ハリスを切られて悔しい思いをした。くそっと思い仕掛けを作り替え再びウキを入れると、またもやアタリが出るではないか。3度目の正直とばかり大あわせをいれると手応え充分、よっしゃぁ!今度はとった〜とばかりにしゃにむにリールを巻くと、何かおかしい。重たいだけで全然引かない。やがて上がってきてタモに収ったのは、なんと少年アシベのような童顔をした超特大のハリセンボン(とげとげのあるフグの一種)であった。「あぁ〜」落胆して海へ放そうとすると、隣で一部始終見ていた先輩が持って帰れと云う。 「はぁ?これ食べられるんですか」 偏光レンズサングラスにスリット状に加工した特殊フィルムを貼ったもの。海面のギラギラが軽減され、岩やエサ取りなど海中の様子がよく分かるようになる。筆者も常時愛用しており、効果のほどは皆さんに保証する。 ただし、このメガネをかけたからと云って釣果が上がるものでないことも、残念ながら長年の経験で皆さんに保証する。
メバルくりくり目玉の可愛い美女である。メバルは住む藻場によって体色が変化する。金色に光る金メバルなどはなかなか豪華であるが、瀬戸内では黒メバルを珍重する。日本海のメバルは一回りサイズが大きいが、味は急流に身を引き締めた瀬戸内産が一枚上である。筆者はメバル釣りが好きでよく釣行する。 クリスマス頃にちゃりこと夜釣りに行ったことがある。さすがにこんな夜は人の気配もない。しめしめと二人で絶好のメバルポイントで釣り始めた。当日は数こそ少なかったものの良型を連発し気をよくしていたが、ちゃりこにはアタリが出ない。そろそろ竿を仕舞おうかという時にちゃりこの竿が曲がった。 もやい結び漁師が舟を岸につなぐときの結び方。簡単でしかもロープが締らないため簡単にほどくことができる。結びの基本の一つである。 その昔、海防訓練でもやい結びを先輩に手ほどきしてもらったことがある(救助ロープを体に素早く結び付けるのに都合がいい)。並んで教えてもらえばよかったのだが、正対していたため手の動きが逆になる。何回も教えてもらうのだが、簡単な手順がなかなか飲み込めない。 やりとり大物の強い引きに糸が切られないように、竿さばきやリールを逆転させて魚をうまくあしらうこと。釣り人の技量の見せどころである。何年か前に和歌山の出雲崎で、仲良し二人連れの底物師から面白い話を聞かせられた。 「あのなぁ、昔こいつと二人で潮岬に行ったときのことや、こいつがごっついのを掛けてなぁ、竿が全然立たへん。こいつの顔なんか歯むき出し蒼白やで〜「こりゃ日本記録級や!」こいつに肩入れ(相方の竿の下に肩を入れて手助けすること)してワシも必死やったがやりとりもなにもできへん、怪物に引っ張り廻されるだけや。見回りに来た渡船が無線で仲間を呼びよったから、船がようさんギャラリー乗せて集まってきて大騒ぎや、二人がかりで耐えに耐えて30分ほどした頃やろか、怪物がじわじわ浮いてきたんや。わぁわぁゆうとった連中も鳴りを潜めて見とる。 「やったで〜」二人とも半泣きや。ついに怪物が顔出した。確かにでかい…日本記録級の特大ウ・ミ・ガ・メ!!皆が笑い転げよったわ〜
遊漁船釣客を乗せて遊ばせるサービス業、いわゆる釣り船であり職漁船とは区別されている。最近はこの方が稼げるからだろう、先祖代々の漁から足を洗う転向組が増えているようだ。 筆者が何年来懇意にしている船頭がいる。気の荒い海の男には珍しく優しく親切だ。ただ気も弱いのだ。早朝の船着き場で… 良型釣り人を納得させる魚のサイズ。もちろん絶対的な尺度はなく、釣り人の主観で決まることはいうまでもない。これには人格も左右する。 釣り大会で良型を釣り上げ、港に帰ってから一人ほくそ笑んでいると、釣友のA氏がクーラーを覗いてA氏「ええ型や、立派な良型や」 B氏「ふ〜ん、まぁまぁやな」 C氏「この釣場やったら、こんなもんやろ」 D氏「型より数やで」 E氏「ワシの釣った魚より小さいわ」 F氏「ポイントどこ〜」 げに釣りはその人の人格を示す。 るんるん「明日は〜楽しい〜釣行日〜」と鼻歌を歌いながら買い物や準備にいそしんでいる釣り人の状態。いわゆるハイである。不幸なことに、この状態は24時間もしないうちに完全消滅し、落ち込みとよばれる鬱状態に移行する。 これを毎週毎月繰り返した場合、俗に分裂性躁鬱症という重症の病気になるのだが、なぜか釣り人に関しては問題なく日常生活が送れるのである。これは世界の精神医学界の権威をもってしても解き明かせない大きな謎とされている。 湧く魚がどこからともなく群れをなして湧いて出てくること。悲しいことに湧くのは憎きエサ取りのことが多い。もっと悲しいのは土日に湧く釣り人の群れである。 お後がよろしいようで… <(_ _)>
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