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B級コラム上から更新順
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決戦!一本松の死闘今年(14年)の9月初旬から五十肩で苦しんでいる。痛みがひどくなってきて、ワイシャツのボタンを留めるのも苦痛になってきた。始めは右肩だけだったのだが、最近は左肩も痛み始めて辛い。車も前進はいいのだが後退するときに、肩をひねるので激痛が走る。お陰でここ数年かかしたことのないハゼ釣りにも、とうとう行かずじまい。まぁ病気と云うよりは歳に伴う症状らしく、数ヶ月から1年ぐらいで突然直るらしい。とても釣りにも行けるような体ではないので、せめて釣りの思い出話でも書いてみることにした。珍しくリクエストもあったことだし…
家内の実家の父親が元気だった頃は、田舎帰りも兼ねてよく若狭に釣行した。一番釣りをしていた頃は年間120日以上、一月の糸代だけでも2万円近く使っていたから、相当釣り込んでいた。中でも若狭は年間40日以上、数年に渡って通った。常神だけは何故か縁がなくてとうとう行かなかったが、後は栗田湾から丹生まで大抵の釣り場は通った。その中でも心に残る釣り場は音海と舞鶴田井だ。音海は日本海では珍しい冬場でも竿が出せるところで、グレが濃い。田井という地名は宮津にもある。ここも波止釣りでは人気のポイント。舞鶴田井の漁港はアコウやマダイが出るので、隠れた穴場だったが、最近は情報化でぐんと人出が多くなったようだ。ちゃりこは、なんとここでカゴ釣りの大仕掛けに挑戦!立派な鉛筆カマスを釣ったという経緯がある(^m^)
この舞鶴田井は沖磯だけでなく、地磯にもいいポイントがある。グレなら成生岬が有名だ。チヌ狙いでもベテランが好んで渡る磯がある。例えば港を出て少し右に回り込んだ岬の先端、一本松もその一つだ。崖の上に生えている一本松がその名の由来らしい。さて、若狭に通い始めた頃のこと、たいていは泊まりで行くのだが、釣行費を節約するために一日目は歩いて地磯、二日目は渡船で渡礁が習いだった。ある日、家で釣りガイドを読んでいたら、どうやら田井の一本松には山越えで行けるらしいと書いてある。「おぉ〜一級ポイントに歩いて行けるやんか!」早速その週は天気もよかったので、週末から若狭へ釣行。
少し降りると藪が切れた。途端に拡がる海と空の青いパノラマ!「わぉ〜」苦労して山越えしてきた甲斐があった。目の前に馬立島、遙か沖に毛島が見える(※写真参照)。海はどこまで蒼く、足元には勇壮な岩場が拡がっていた。「ええとこやんか〜日本海の地磯とはおもえん!小浜湾とは違うなぁ♪」「はいはい」「・・・・・・・」
「ひぇ〜〜!」 やはり推測通り足が滑る。急傾斜なので尻餅をついた姿のまま、ずるずると滑り落ちる。問題はその先だ。海まで一直線なのだ。止まるところがない。「おぉ〜のぉ〜!」 ちゃりこも滑るようだが、荷物が少ないのでまだマシだ。こっちは重たい荷物で手が自由にならないから、どうにもならない。何とか体全体でブレーキを掛けながら降りていくが、ちょっと油断をすると海へ落ちそうだ。下の様子も分かってきた。崖の縁から海へは一直線数m以上の断崖になっている。おまけにうねりが当たって浪飛沫が上がっている。「落ちたらお陀仏やな・・・・カッコ悪い死に方や・・・・」
結局なんとか崖の縁までたどり着き、無事釣りを始めることができた。釣り座も急傾斜だから、まるでアイガー北壁でビバーグしている登山隊のようなものである。素人でしかも安全装置がないだけ、同じ命がけでもこちらの方が値打ちがある。釣り始めると崖縁だけあって、足元から水深がある。潮当りがよくてまるで地磯らしくない。景色は勇壮だ。「あぁ、苦労してきた甲斐があったなぁ〜〜」 しばらくして右手の崖縁に、釣り人の小さな姿が見えた。駐車場で見かけた車の持ち主らしい。「あのおっちゃんも苦労して降りたんやろな〜」「・・・・・」「すまん・・・・」 しかし二人の高まる期待とは裏腹に、時間はどんどん過ぎ去っていった。「釣れん?釣れん?まるで釣れん!」 こっぱグレに磯ベラ二人併せて数匹・・・なんじゃぁ、ここは〜人舐め腐って!200kmの道のりを走破、涙の山越え、恐怖のダウンヒルと苦労しただけに、期待が裏切られ心が傷つく。うぅぅ・・・・ 「かえろか・・・」「・・・・」「また山道や・・・」「・・・・」 見上げると崖が二人の頭上に迫っている。ここを登るのか〜帰りは荷物が少ないだけマシか。しかし災難はやって来た。滑る崖を上がりきり何とか藪に入ったところで、枯れ葉で足を滑らせ、愛用の波止兼用SIMANOメバル名人を崖から転落死させたのである。「お〜まいがぁ〜、踏んだり蹴ったりじゃ!こんなとこには二度とこん、見た目だけの見かけ倒しじゃ!」 やがて精も根も使い果て駐車場へ戻り、二人して帰る片づけをしていると、やはり先客の釣り人が、汗をかきつつ荷物を抱えて帰ってきた。様子から判断すると、あまりよくなかったらしい。まぁ挨拶でも、と思って声を掛けてみた。 「どうでしたか?」
以来二人の間では、この磯は「見かけ倒しの磯」と呼ばれることになった。この話には後日談がある。再度リベンジを果たすべく、今度は渡船で一本松に乗り込んだのだ。しかしエサ取りの壁を突破できず、またも返り討ちに遭ってしまった。ということで、悔しさのあまり、しばらく田井の磯に通うことに…そしてある夏の暑い日、大事件に遭遇するのである。この顛末は次回に… ※写真は当時お世話になった山田渡船さんから借用
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