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B級コラム上から更新順
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下手なカメラも数撮りゃ以前読者の方から、カメラ歴のことなど書いて欲しいというリクエストがあったのだけれど、最近は「カメラのある暮らし」から離れていたし、昨今の最新カメラ事情にも通じていないのであえて書くこともなかった(若い読者にはネタが古すぎるし…)。だいたい飽き性の管理人だけれど、カメラに関しては比較的細く長く続いている趣味の一つかも知れない。先日最新のデジタル一眼レフを入手したので、これを機会に私的カメラ遍歴のことなど、ちょっと語ってみたい。古い話を記憶に頼って書いているので、間違いが多々あるかも知れないが、そこはお許しあれ。 高級カメラなんか…本当に貧乏人には縁の遠いものだった
近所のたばこ屋の親父が大のカメラ好きで、お使いで煙草を買いに行くと、カメラを磨いたり覗き込んでいるところによく出くわした。子供から見るとカメラはおもちゃの延長だから「見せて♪」などというと、気さくにさわらせてくれたり、ファインダーを覗かせてくれた。シャッターを押すと「バシン!」と掌に響く小さな振動が心地よく、大人になったら「絶対に買うぞ」と心に誓ったものだ。いま思うとアマチュア向き高級カメラで一世を風靡したASAHI(pentax)だったはず。 そんなある日(小学6年生だったはず)、なんと一眼レフが空から降ってきたのだ。近所の悪ガキと連れだって、児童公園で遊んでいたらベンチにキラリと光る物体が…。
落とし物、いわゆる遺失物である。家にあるような平凡なカメラではなく、ボディ上部に三角形の物体(pentaprism)が鎮座する高級品だ。minoltaと書いてある。
ねこばばするかしないかでもめたが、結局子供にフィルムを買う金などないという極まっとうな結論に至り、派出所へ届けることに…。遺失物1割の礼金をあてにしていたが、神様はそんな性根の腐ったガキ達を相手にしなかった(爆) しかし、minoltaというロゴはしっかり脳内に刷り込まれたのである。 ※いま思うとminoltaSR-1かも… その後、ギター、オーディオと流れ流れて…あんがいカメラを手にしたのは遅く、初めて買ったのは中古の質流れminoltaだった。熱中していたオーディオに金を取られて、とても写真術を磨くところまでは行かなかったし、デジカメと違って当時はフィルム、現像、焼き回しととても金の掛かる趣味で、カラーなんかとても無理。月に一回はリバーサルで〜という初級マニアだ。職人が手でレンズを磨いていた時代のレンズで、いわゆるミノルタカラーが自慢。硬質なNikonとは一味違う優しい色合い、ボケ具合が素敵〜オールドファンなら、ロッコールレンズの良さが分かってくれるはず。かなりくたびれた中古だったが、露出の基本など写真の基礎を勉強した。この頃覚えたことが、後年巡り会うPhotoshopを使うときに役立つとは、う〜ん、人生わからないなぁ。
異人館あたりでぼちぼち、ねちねち写真を撮っていたが、アサヒカメラだけはしっかり購読していたかな(いまでもネットには、このような貧乏オタク=いわゆるカタログマニアが徘徊している)。当時好きだった作家は、土門拳、東松照明、キャパといったところ、お恥ずかしい〜ははは。 その後、少しカメラになれてきた頃に当時の最新鋭高級機を購入。管理人が惚れ込んだのは、シャッター速度優先にこだわったキャノンが1973年に世に問うた世界初コンピュータ搭載「キャノンEF」だ。当時のキャノン最高級機はF-1で、これがNikonF2と横綱を張り合っていた。キャノンEFはこのF-1の弟分で、見栄え、質感ともにもよく、何より見た目にこだわる軽薄な管理人にはピッタリだった(爆)
交換レンズまではとても手が出なかったが、それでも50mm標準F1.4の威力はすさまじく、あちっこっちで写真を撮った。友人の彼女を綺麗に?撮ってあげ、大きなパネルにして進呈したら、随分喜ばれたりしたのがいい思い出♪ それまでは風景撮影が主だったが、このカメラを使う内にスナップ、ポートレートが好きになった。こいつはシャッター速度優先AEを謳うだけあって、本当にシャッターダイアルが使いやすくてナイスだった。 ちっちゃいことはいいことか…この後、しばらく使ったのは1979年発売のオリンパスのOM10。なんせこのメーカーの一眼レフは小さい。オリンパスデザインのいいところは、小さくても精密感を上手く訴求するところだ。性能よりデザインを重視するデザインフェチの管理人としては一度は手にしたかったカメラだった。また伝統的にファインダーが明るく大きいのもいい。zuiko50mmF1.2デカ目玉と組み合わせるとファインダーの見やすさはピカイチだ。絞り優先AEなのね。
しかし使ってみたら、なんともピンとこない。同じく小さいリトルニコンほど手に馴染まないし、オリンパス独特のダイアルレイアウトもあったりして、どうもリズムに乗ってシャッターを切れない。もともと大衆向け機種だから、作りもいまひとつちゃち(それでもいまとは比較にならないぐらいお金が掛かっている)で、まったく印象に残らないカメラだった。ハイエンドのOM1にしておけば、評価も替わったのかも知れない。オリンパスと言えば、名機オリンパスハーフなどを世に出したメーカーだが、猫に小判の例えの通り〜ごめんなさい。どこで買って、いつ売ったのかも覚えていない不憫なカメラ(汗) 仕事で本格的に…仕事がディスプレイや店舗設計だったから、仕事柄現場やディスプレイ、建物などを撮影することが多い。だから軽い機動性に広角レンズは必需品だ。そんなカメラが欲しいと思っていたある日、カーデザインの大御所Giorgetto Giujiaroが手がけた小型一眼レフ「NikonEM」が発売されると聞いた(1980年)。早速見に行くと、ニコンらしい無骨さがモダンに昇華され、キュートで小さい。いまでこそエンジニアプラスチックの採用など珍しく何ともないが、当時は斬新で、何より手に取ってみると可愛い。おまけに値段も可愛い。愛称はリトルニコン♪
「よっしゃぁ〜一目惚れじゃ♪買うぞぉ〜」 道具にも相性がある。このカメラはボディが傷だらけになるぐらい本当によく使った。それまでの一眼レフと違って、軽くて機動性がいいうえに、グッズとしてのデザインに惚れ込んだから、どこにでもお供をさせた。なかなかこういう道具には巡り会わない。 う〜ん、プロの世界は難しいそうこうするうちに、仕事がだんだん設計からSP(セールスプロモーション)寄りになってきた。プロカメラマンなどとの付き合いも多くなり、撮影現場などにも立ち会うようになると「やっぱり〜プロは違うわ!」とか「下手やのう〜わしの方がうまいんとちゃう〜?」など、あつかましくもアマとは違う写真の世界を知るようになった。 やがて、インテリアグッズの開発販売などを手がけるようになった関係で、商品撮影をしなくてはいけなくなった。試作や見本の写真が主だから、費用のかかるプロにいちいち頼むわけにいかない。スクリーンや照明などを揃え簡易スタジオ?をしつらえ、深夜までしこしこ撮影した。当時の撮影助手がいまをときめくちゃりこである(爆) そうやってシビアな撮影を始めるようになると器材に不満が出てきた。リトルニコンは所詮アマ向きなのだろうか露出精度が低いのだ。接写をやるとここら辺がシビアになる。マニュアルでやったり色々やってもダメだ。電圧変動に弱いらしい。肝心の写りもレンズがマクロでないからどうもピンとこない。 「やっぱりプロ用でないとあかんなぁ〜」
フィルムサイズの威力は恐ろしい〜確かに写りはよくなった。が中判645といえどもやはり図体は鈍重で35mmの軽快さは期待できない。弱点を克服すべくスポーツファインダーやグリップをつけチューンをしてみたが、どうにも愛着を持てず、仕事がぽしゃったのと同時に処分した。肝心のビジネスが赤字続きだったのが影響したのだろう(爆) 世界初オートフォーカスをゲット!1985年、ミノルタから満を持してオートフォーカス機α7000が発売された。その半年後にプロユースとして登場したのがα9000だ。ミノルタは伝統的にハイアマ向けの商品が主体で、ニコンやキャノンのハイエンドプロ機に相当する機種がなかった。マーケティング的には大きなリスクだが、当時は景気がよく世の中が浮かれていたので、ミノルタも挑戦したのだろう。ということで管理人も浮かれて早速購入。
「かっこええやんかぁ〜♪」 やはりプロ御用達Nikonか…その後、事務所を引っ越したころ、なんと隣の部屋が顔見知りのプロカメラマンだった。仕事の関係でけっこう写真を撮ってもらうことが多かったので、必然的に会話もよく交わすようになった。そこである日… 「ねぇ〜Rさん。報道用のF3はプロ以外には売らへんらしいね。わてらアマには残念なこっちゃ〜」 ということで、さっそく事務所にPレジスターナンバー入りでやってきたのが、報道仕様のNikonF3P。よく見ると防水Oリング仕様だったり、ファインダースクリーンが僕の好きなマット式だったり、ファインダーカバーがチタンのくせに、多重露出やケーブルレリーズソケットやセルフタイマーがなかったりする。なにより素人には非売品のプロストラップが誇らしい。(あぁ〜俗物根性丸出しのワタシ…)。
これもリトルニコンと同じくデザインはジュージアーロ。NikonF時代からの精度、作りの良さにプラス、最新の電子技術、アイデアを搭載したコンセプトの正しさは、いまだにニコンマニア達の支持を得ており、現役で活躍していることからも分かるはずだ。でもデザイン的には、硬質なコンタックスっぽさに加えて、木造建築にも通ずる日本人の感性を前面に押し出した初代Fがいいと思うのは、僕だけだろうか。 レンズはリトルニコンで味を占めた24〜50mmを再びゲット。一本、望遠を思って買ったのが、カメラ屋の親父の口に乗って買わされた「DC Nikkor135mmF2D」という高額レンズ。ボケコントロールという珍しい機構があるが、何より135mmでF2という明るさに引かれた。大口径だから重い重い〜結局は殆ど出番なしで、その後、下取りでちゃりこの高級ビデオデッキに替わってしまった。パクッと食い付いてしまう管理人のダボハゼ性格が露見した買い物でもあった(爆)
MINOX WORLDいくらカメラが好きでも、いつでも一眼レフの入った重いカメラバックを提げて云うわけではない。ポケットに忍ばせてゆくコンパクトカメラも捨てがたい魅力がある。しかし、ただのコンパクトでは面白くない。写りに定評があったローライ35も、少しの間使ったことがあるが、やはり男の子なら、スパイが持つような超小型超高性能のカメラが欲しくなるのであった(爆)。B級映画の見過ぎだったのかも。
これは知る人ぞ知るMINOX。スパイ事件で有名なゾルゲも使っていたと云うから歴史は古い。本当に小さいのだけれど、とても明るいレンズ、高速シャッター、使い勝手のよいキューブフラッシュ、実用性の高いファインダー、素晴らしい質感のボディ、スペックを裏切らない写りの良さなど、並の35mmカメラなど足元にも及ばないクオリティだ。う〜ん、完璧主義者ドイツ人が作るものというのは…一口でスパイカメラなどと片づけるものではない。かなり高価なカメラで、入手したときは喜んで使っていたのだけれど、フィルムが特殊な専用サイズだから、切らすと取扱店以外では入手できないという難点があり、デジカメ時代の到来と共にいつしか手放してしまった。ちょっと後悔しているが、これも時の流れ…。 馬鹿ちょん時代到来いつの頃からか、自動露出、オートフォーカス、モータードライブ、フラッシュ内臓が当たり前になり、カメラは誰にでも扱える時代になった。いわゆる馬鹿ちょんカメラ時代の到来である。小さなL判でも一眼レフとの画質の差は所詮明確だが、コンパクトさは捨てがたく、いちびりの管理人も早速、あれこれ物色し数台使ってみた。
これは1988年当時、世界限定2万台で発売され話題になったオリンパスの「O-Product」。質感を全面に打ちだした感性が、またまたカメラフェチの管理人の心を捉え(爆)、即カメラ屋に予約を入れたしろもの。オリンパスのデザインチームは、まずまずいい仕事をする。いい意味での日本人ぽさを打ちだした明快なデザインが多い。これもボディの仕上がりがとても繊細で、普段使いで傷を付ける気にとうていなれず、屋外へは2,3回持ち出した程度。たしか5万5千円ほどだったと記憶するが、限定販売だからプレミアム人気で中古に高嶺がついた。1年ほどで売ったが、箱なしにもかかわらず5万円で売れた。コレクションして手元に置いておく趣味のない管理人には、嬉しい思い出である。 デジカメ時代到来、ついにフィルムと決別グラフィック関係の仕事に切り替えた頃から、カメラとは縁がなくなってきた。撮すよりも撮された画像を処理する仕事が増えたのである。Macintosh導入の下りは他の章で書いたからここでは略す。初期のデジカメはまだまだ実用レバルではなく、データを仕事で使うなどまだまだ、プロの世界では4×5や6×6の大判ポジをフィルムスキャナーでしこしこ読みとり、フォトショップでレタッチというのが通例だった。CCD(デジカメの感光板)がフィルムを追い越すなど考えもしなかった。技術の進歩は恐ろしい〜。 初めて買ったデジカメは200万画素で東芝製〜ちょっと試してみたくて買ったのだが、発色が悪くフィルムに較べるとラチェード(階調再現性)が低いので、実用にはほど遠かった。しかしラボ要らずで手軽なので3年ばかり使っただろうか。 家電メーカーが仕掛けたデジカメだったが、ついにカメラメーカーも競って参入、競争原理が働き、性能は急速に向上してきた。回りの連中も新型機を見せびらかす。悔しいから、次に買い換えたのが下のリコーCaplio G4 wide。
これが大失敗〜元々広角が好きなので、デジカメには珍しい28mm相当の画角付きズームが魅力で買ったのだが、肝心の画像品質が…。自慢のフォトショップでもレタッチしきれず、ちょっと悲惨であった。コンセプトもいいし扱いやすいカメラではあったが、所詮低価格で広角ズームなど仕込むと、肝心のCCDの品質にしわ寄せがいくのだろう。大体シャー○?製低価格CCDなんか、いいわけないもんね。 α7 DIGITALに到る、ちゃんちゃん♪月日が過ぎゆくうちに、いつしかカメラを手にする機会は減ったが、反面画像処理は当たり前の日常業務になり、デジタルライフはますます加速してきた。インターネットやハイビジョンなどで、ますます高画質画像にふれる生活=ビジュアルな生活を過ごすようになったわけだから、最新のデジタルカメラに興味がなかったわけではない。 しかし本当に欲しいと思うカメラが登場してこなかった。デジタル化が進行して古き良き時代のカメラらしさが失われたのだ。オールドファンを満足させる雰囲気をもつ本格カメラとしてレンジファインダーのEPSON R-D1が発売され、ライカM2を思わせるレトロな外観に思わず「むふふ…」となったが、いかんせん価格が…高嶺の花だ。 ここ数年はカメラのデジタル化と企業リストラが並行、高級ブランドCONTAXを抱えていた京セラは事業から撤退、ヤシカの面影もついに消えてしまった。名門ミノルタは潰れてコニカの傘下へ移り、キャノンとニコンの二大勢力の専有度が高まるともに、ナショナル勢を初めとする家電勢がしのぎを削るのが、現在の業界構図だ。キャノンがやはり頭一つ抜けているところだけれど、あのデザインが気に入らない。いまだにルイジ・コラーニの幻影から抜けていないらしい。日本人は本当にデザインが下手だ。ニコンも同じくカチッとした高質感精密感が消え失せ、無骨さだけがプラスチックに置き換わったものだからダメ。日本のカメラメーカーにはまともな工業デザイナーがいないのか。※個人的には旭光学(pentax)が好き。デザイン賞をたくさん取ってるね。 欲しいカメラがないものだから、買い換えることもなくお茶を濁していたところ、去年コニカミノルタからα7-DESITALが登場した。売りはボディ内臓手ぶれ防止機構アンチシェイクだ。 「いいじゃん〜♪」
レンズ選びは、久しぶりの買い物なので気合いが入る。まずは標準17-35mmだ。ズーム比が低くて今ひとつ使いづらいのは分かっているが、F2.8という大口径が魅力だ。フィルター系が77mmだから参った。名門ブランド「ロッコール」は消滅し、現在コニカミノルタはタムロンにレンズの製造委託をしている。淋しいがタムロンの技術もなかなかだ。だから交換レンズもタムロンでいくことにした。マクロはタムロンのヒット作、定番90mmF2.8をチョイス。望遠もタムロンの70-300mmをチョイス。高倍率ズーム時代の今日なんの取り柄もないレンズだけれど、安いのが魅力、35mm換算で450mmという超望遠を試してみたかったわけ(笑)。贅沢を云えば、11mm前後の超広角、もっと明るい標準が欲しいところだけれど、とりあえずこれでいこう。 まだ試し撮りの段階だけれど、期待を裏切らない写りのよさだ。多機能多ボタンで混乱するかと思っていたが、アクセス系はよく考えられており、まごつくことは少ない。以前から北野界隈や元町界隈を写真散歩したいと思っていたので、休日の楽しみが増えそう。近いうちにブログを立ち上げて撮った写真を載せるので、遊びに来てね。※「下手な写真!口だけのおっさんやなぁ〜」と云われそう(爆)
余談)実はここに上げていないカメラがまだまだある。
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